DEEPな田舎の文化
龍王山に龍王城がある歴史ある地域
1300年頃、龍王山の標高約300mのところ安心院公泰氏によって龍王城が建てられました。豊前国と豊後国の境にあるためこの地域での中核的な城としての機能を果たし、地頭安心院氏を中心とした抱城(かかえじろ)だったそう。その後、細川氏が入部し龍王城を再建築し、城下町に町並みも含め整備されました。ここ、龍王地域一帯には歴史ある石垣含め当時の面影が残っています。1639年に廃城となり、現在は中腹にある海神社や登山としても人気のある龍王山です。 海神社からは安心院盆地を一望でき、季節によっては朝霧に包まれた幻想的な風景が広がり、かつては龍王城からも同じような景色を楽しまれていたのではないでしょうか?1,000年以上も前の景色を体感してみてください。
241112 くどうなつき
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安心院にある鏝絵
古民家BASE・龍王がある大分県宇佐市安心院町は日本で一番「鏝絵」が多いという事で有名です。全国に約3,000ヵ所ある鏝絵は安心院だけで約100ヵ所、今もなお残されています。古民家BASE・龍王には「虎」の鏝絵が飾られています。龍王という地域に虎の鏝絵、さらに虎は魔よけの願いが込められており、ここ一帯を力強いパワーで見守ってくれてる大切な鏝絵です。よくよく見ると実は可愛らしいお顔なんです。今でも、地域では鏝絵を巡るツアーもあり、絵柄も様々あります。1870年頃から平らに塗られた漆喰の壁面に、鏝を使って漆喰を盛り上げ、彩色した漆喰を上塗りするというもので、乾燥しきった壁では付きが悪く、壁が生乾きの間に一気に仕上げなければならないため、左官の高度な技術が要求されます。ぜひ、安心院の町をゆっくり歩いて鏝絵を見てみてください。
241115 文 くどうなつき
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龍王山への登山口
龍王地域には「龍王山」という標高約315mの山があります。山の中腹にある「海神社」まで車で登ることができ、約5分進むと駐車場があります。駐車場からは安心院盆地を見渡せ開放的な場所です。車を降りてそこからは徒歩で山頂までまっすぐ道を向かいます。登山といっても約10分で着くので登山初心者の方にも登りやすい「龍王山」となっています。「龍王山」から一棟貸し切りの宿泊施設までは古民家BASE・龍王までは、片道20分程なのでお散歩コースとしも人気です。普段とは違った景色を体験できるここ大分県宇佐市安心院町。ぜひ時間を作ってゆっくり自然の流れる時間をご堪能下さい。
241118 文 くどうなつき
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移住体験施設「古荘邸」
宇佐市指定の有形文化財の「古荘家住宅」
古民家BASE・龍王、別邸龍王乃家から100メートルほどの距離にございます。
平成29年度に改修され、移住を検討されている方を対象に、移住体験ツアーの宿泊地として
利用されています。
古荘邸は、旧安心院町龍王町の大庄屋であった古荘氏によって、明治13年に建造されたものです。
子孫繫栄の象徴である「アサガオ」の鏝絵(こてえ)が可愛らしく目を惹きます。
宇佐市に移住を検討されている方や、鏝絵巡りの方にもおススメの場所です。
▼ 詳細はこちらからご覧ください
https://qr.paps.jp/fXjpk241120 文 むくのあや
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龍王城山 細川幸隆公廟所
大分県宇佐市安心院町にある妙庵寺の敷地内に細川幸隆公廟所があります。
「廟」という言葉を調べると、ご先祖様の霊を祀る社・王宮の正殿という意味があるそうです。
1607年(安土桃山時代~江戸時代の元号で1596年~1615年)に、37歳という若さで亡くなった細川幸隆氏の廟。能楽の名人だったそう。
1889年(明治22年)に、雨風にさらされるのは勿体ないと、熊本県及び久住町の有志の寄進により建立されました。
細川幸隆公廟所からは龍王山が拓けて見え、四季を感じる静観とした空間が流れています。
かつてはここで細川氏も見てきた景色を時代を超えて、令和現在でもしっかり形として残っている場所です。宇佐市登録文化財としても貴重な「廟」です。
241213 文 くどうなつき
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全耶馬渓随一の大岩柱「仙の岩」
別邸龍王乃家から、車で4分のところに「仙の岩」があります。
集塊岩でできた大岩柱、特に剣ヶ岳は全耶馬渓随一の大岩柱です。
なんと仙の岩は頂上付近まで登ることができるんです!
ぜひ一度頂上からの景色をご覧頂きたいです。
春の桜、秋の紅葉の時期もとっても綺麗おすすめです(^-^)
▼ 詳細はこちらからご覧ください
仙の岩 ~全耶馬渓随一の大岩柱~/宇佐市241213 文 むくのあや
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妻垣神社
2650年も昔、神武天皇は、大分県宇佐「妻垣」に立ち寄られました。その際、宇佐国造の祖であるウサツヒコ・ウサツヒメは皇軍一行を快く迎え入れ、歓待申し上げたと記紀(「古事記」「日本書紀」)に記されています。
天皇は朝霧の素晴らしいこの地をとてもお気に召され、連なる山々よりひと際輝く共鑰山(別名-妻垣山)の大石に母后玉依姫命(比咩大神)の御霊をお祀りするため、自ら祭主となり、玉依姫命の御霊を共鑰山にお迎えしました。その大石は「足一騰宮(アシヒトツアガリノミヤ)」と名付けられました。
大正2年(1913)4月には、社司林正木によって神社境内に私立騰宮学館が創設され(終戦により廃校) 、その後、昭和38年(1963)まで続く騰宮女子専門学校と併せて多くの神職教員等を輩出してきた神社でもあります。
夏には風鈴の音色が響き渡り幻想的な風景が見られます。
別邸龍王乃家にご宿泊されたお客様には、お声かけをし皆様足を運んで頂き、感激されています。ぜひ一度行かれてみてください(^-^)
▼ 関連リンク
妻垣神社 -大分県宇佐市安心院町-241214 文 むくのあや
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竹林キャンプ場「ちくわBASE」
別邸龍王乃家の道路を挟んですぐの竹林に、竹林キャンプ場「ちくわBASE」があります。竹林の中でキャンプができる無人のソロ・デュオキャンプ場です。
ちくわBASEは、大分大学の経済学部地域システム学科の学生が、地域の方々の力をお借りしながら10回の竹林整備イベントを通して、竹林を整備し、竹林と地域、経済を結びつけることを目標に、2024年2月3日からキャンプ場の運営をしています。
名前の由来は、地区の輪を大切にしたい、千久輪(竹林の当て字で千久=長い時間の中でキャンプ場を通して、たくさんの輪が広がってほしいと)という意味などがあるそうです。
キャンプ場ができる途中やコンセプトが知れるYouTubeもあるのでご覧ください(^-^)
250117 文 むくのあや
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古城池
大分県宇佐市安心院龍王町の中央の位置に、世界農業遺産に認定された「古城池」があります。
かつては水田として利用されていた場所です。
現在は農業用のため池として利用されていて地域の人たちの散歩道としても親しまれているバショです。
池の中央には「弁天様」が祀られ、池や地域を見守ってくれています。
古城池を振り返ると、田園風景が広がり、お米をつくる時期は水田に水が張られ、秋には黄金色の田園風景が広がり四季折々の田園景色を楽しめます(^-^)/
20250714 文 むくのあや
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龍王山にある海神社
龍王山の中にある海神社(かいじんじゃ)は、大分県宇佐市安心院町龍王に鎮座する神社です。興味深いことに、山の中にありながら「海」の字が使われています。
安心院記によると、もともと龍王山の山頂に龍王宮が祀られていましたが、文政9年(1826年)に野火で焼失し、その後、中腹に移されたのが現在の海神社です。
年明けには地元の方々によって鳥居の形をしたライトアップが見て楽しめます。
20250714 文 くどうなつき
DEEPな田舎の文化
古荘邸の鏝絵
古荘邸は、大分県宇佐市安心院町龍王にある、明治13年(1880年)に建てられた歴史的な建物です。旧安心院町龍王の庄屋であった古荘氏の邸宅で、木造2階建て、入母屋造、浅瓦葺きの造りです。
特徴としては、2階には子孫繁栄を象徴するあさがおの鏝絵(こてえ)があります。白漆喰塗籠造りの外壁に彩りを添える、可愛らしくも職人の技が残っています。
鏝絵(こてえ)とは、左官が壁を塗る「こて」で絵を描いたもので、漆喰装飾の一技法です。安心院町には日本で一番多く鏝絵が残っている街並みも楽しめます。
20250714 文 くどうなつき
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鷹の鏝絵
大分県宇佐市安心院町にはたくさんの鏝絵(こてえ)があります。これは鷹の鏝絵です。鏝絵のかける願いに、恵比寿様は商売繁盛、大黒天・おかめは福、虎は疫病除け、龍は日よけ、鷹は富、鶴は長寿、波うさぎの波(水)は火事よけ・うさぎは子孫繁栄、朝顔は蔓が伸びるので繁栄、富士山や鷹は一富士二鷹三茄子という縁起物から、絵によって違います。
複数の色は「岩絵具」と言って、土・石・岩などを砕いたり貝殻を焼いて色を出し、クロはかまどのススといった自然の物を工夫して作られたものです。
100年以上前の鏝絵ですが、雨風にさらされても綺麗な色を保ち、今も残されています。
20250715 文 くどうなつき
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妙菴寺の鏝絵
妙菴寺(みょうあんじ)は、大分県宇佐市安心院町龍王にある曹洞宗の寺院です。
妙菴寺は、龍王城主であった細川幸隆公の廟所としても知られています。龍王山の麓に位置し、細川家の菩提寺です。廟は明治23年(1890年)に建立されたものです。
本殿には鮮やかな蓮の鏝絵が今もなお残されています。鏝絵以外にも天井や壁面にも沢山描かれ圧巻です。
なぜ、安心院に鏝絵が多いのか?所説ありますが、漆喰の原材料が手に入りやすかった、長洲というう海が近くの地域から貝殻や石灰石がたくさんありました。他には、蚕(かいこ)を飼う家が多く、比較的裕福な家が競って蔵を建てていたというお話しもあります。
実際、立派な蔵もたくさん残っています。
20250715 文 くどうなつき
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龍王山
龍王山は大分県宇佐市安心院にある標高315.4mの山です。
別名「豊前龍王城」とも呼ばれ、戦国時代には安心院氏によって築かれた龍王城があった場所です!
登山も可能で、山の中腹には「海神社」があり参拝もできます。
龍王山からみる安心院盆地の景色は、司馬遼太郎が「盆地の景色としては日本一」と評したことでも有名です。
ぜひみなさん龍王山から日本一の盆地を眺めに来てください(^-^)/
20250715 文 むくのあや